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天守を持たず山全体を要塞化する「中世山城」の到達点
春日山城には、姫路城や大坂城のような見栄えのする石垣や、権威を誇示するための天守は一切存在しない。 この城の強さは、標高約百八十メートルの春日山そのものを削り出し、尾根や谷筋に無数の曲輪(平坦な陣地)を階段状に配置した「土と地形の要塞」である点に尽きる。 本丸を中心に、放射状に広がる尾根には直江兼続や柿崎景家ら重臣たちの屋敷跡が配置され、城郭の総面積は現在の市街地にまで及ぶ巨大なネットワークを形成していた。 武田信玄や北条氏康といった強大な敵対勢力と連年のように戦い続けた謙信にとって、城とは見栄を張るための居住空間ではなく、数万の軍勢を収容し、敵の侵攻を物理的に食い止めるための純粋な軍事施設であった。



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