Photo: inunami / Wikimedia Commons / CC BY 2.001
蒲生氏郷による松ヶ島からの移転と安土城の系譜を引く石垣
天正十二年(1584年)、豊臣秀吉から伊勢国十二万石を与えられた蒲生氏郷は、当初は伊勢湾に面した松ヶ島城を居城としていた。 しかし、松ヶ島城は水害に弱く城下町の拡張にも不向きであったため、氏郷は天正十六年(1588年)、内陸部の四五百森(よいほのもり)と呼ばれる独立丘陵に新たな城郭の建設を開始する。 氏郷は近江国日野の出身であり、かつて織田信長が安土城を築いた際の技術や職人集団(穴太衆など)の知識を動員したと推測される。 現在も松阪城跡に残る野面積みの石垣は、自然石を荒々しく積み上げながらも長年の風雪や地震に耐え抜く高い強度を誇っており、信長・秀吉の時代における最先端の西国系築城技術が伊勢国に導入された歴史的証拠となっている。



