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七つの尾根を要塞化した「日本五大山城」の規模と石垣
七尾城は、能登半島の付け根に位置する石動山系の北端、標高約三百メートルの松尾山を中心に築かれている。 名称の由来は、松尾、菊尾、竹尾、梅尾など「七つの尾根」に沿って無数の曲輪(平坦な陣地)が配置されていることに起因する。 城郭の総面積は約二百ヘクタールにも及び、南北約二.五キロメートルにわたって防衛設備が連なるその規模は、春日山城や月山富田城などと並んで「日本五大山城」と称される。 戦国時代後期に畠山義総の時代にかけて大規模な改修が行われ、山の急斜面に自然石を高く積み上げた巨大な野面積みの石垣が幾重にも巡らされた。 五層に連なる石垣は現在でも苔生した状態で山中に残存しており、長宗我部氏や北条氏の山城とは異なる、日本海側の強大な守護大名の軍事力を誇示する威圧的な景観を保っている。



