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最上義光による大拡張と日本第五位の広さを誇る「輪郭式平城」
室町時代に斯波兼頼が築いた居館を基礎とする山形城であるが、城の規模を爆発的に拡張させたのは、戦国大名・最上義光(もがみ よしあき)である。 最上義光は関ヶ原の戦い(慶長出羽合戦)において直江兼続率いる上杉軍の猛攻を長谷堂城などで退け、その功績によって五十七万石という東北屈指の大大大名へと飛躍した。 最上義光はこの膨大な石高にふさわしい城郭とするため、本丸を中心に二の丸、三の丸を同心円状に配置する「輪郭式平城(りんかくしきひらじろ)」の縄張りを採用し、城郭の大拡張工事を行った。 完成した山形城の総面積は約二百三十五ヘクタールに及び、これは江戸城、大坂城、名古屋城、金沢城に次いで日本で五番目の広さを誇る途方もない規模であった。 広大な平野部の水系を利用した堀と広範な土塁によって構成された山形城は、北日本の覇者としての最上氏の絶大な権力を物理的に証明する建造物であった。


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