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見栄より実利。天守の代わりは「三階建ての櫓」
水戸城には、西日本の城にあるような立派な石垣がありません。関東特有の土質を活かした深い「空堀」と「土塁」で守られた、大規模な土の要塞です。 また、御三家でありながら「天守閣」を建てませんでした。代わりに、本丸の隅に「御三階櫓(ごさんかいやぐら)」と呼ばれる3階建ての大きな櫓(やぐら)を造り、これを天守の代わりとしていました(残念ながら昭和の空襲で焼失しました)。 なぜ立派な城を造らなかったのでしょうか。初代藩主の徳川頼房が幕府(兄の家光)に遠慮したという説もありますが、最大の理由は、2代藩主・徳川光圀(水戸黄門)以降、水戸藩が「お城の改修などという無駄なお金を使うくらいなら、学問と教育にお金を回す」という極端なインテリ路線の藩風を確立したからです。
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