01
朝廷からの独立宣言「新皇」
平将門は、反逆者の首から都市の守護神へ変わった。平将門(たいらのまさかど)は、もともとは一族内の小さな領地争いをしていましたが、その強さから次第に関東の不満分子をまとめ上げる存在となっていきました。ついに彼は朝廷(京都)に反旗を翻し、関東地方を制圧して自らを「新皇(新しい天皇)」と名乗ります。これは日本の歴史上、朝廷の権威を真っ向から否定して独立国家を宣言した、極めて稀で過激な反逆行為でした。


たいらのまさかど
平将門
平将門は、反逆者の首から都市の守護神へ変わった
01
平将門は、反逆者の首から都市の守護神へ変わった。平将門(たいらのまさかど)は、もともとは一族内の小さな領地争いをしていましたが、その強さから次第に関東の不満分子をまとめ上げる存在となっていきました。ついに彼は朝廷(京都)に反旗を翻し、関東地方を制圧して自らを「新皇(新しい天皇)」と名乗ります。これは日本の歴史上、朝廷の権威を真っ向から否定して独立国家を宣言した、極めて稀で過激な反逆行為でした。

02
平将門は、反逆者の首から都市の守護神へ変わった。将門の反乱は、藤原秀郷ら朝廷軍の討伐によってわずか数ヶ月で鎮圧され、将門は戦死します。彼の首は京都に運ばれて晒し首にされました。しかし伝説によれば、その首は腐ることもなく目をカッと見開き、夜な夜な「俺の体はどこだ!」と叫び、ある夜、自分の体を探して関東へ向かって空を飛んでいったと言われています。ここで自然に浮かぶのが「では胴体はどこにあるのか」という疑問です。茨城には将門の胴塚と伝わる供養地も残っており、首塚だけで完結しない身体の分散が、伝説を関東各地へ広げました。

03
平将門は、反逆者の首から都市の守護神へ変わった。京都の朝廷から見れば極悪人の逆賊ですが、関東の民衆から見れば、重税にあえぐ自分たちを救おうとしてくれた英雄でした。後に江戸幕府を開いた徳川家康は、この将門の強大な霊力を利用して江戸の町を守ろうと考え、彼を神田明神に手厚く祀りました。祟りをなす恐ろしい怨霊から、江戸の総鎮守として人々を守る力強い神様へと、評価が180度反転した興味深い歴史を持っています。

SAME CATALOG


























































































